
明治二十五年、 この地で —
江戸の日本橋から三番目の宿場として栄えた越ヶ谷宿。旧日光街道沿いには旅人をもてなす茶屋や商家が軒を連ね、そこで供される菓子は街道の名物として親しまれていました。
明治に入り、白砂糖が広く出回りはじめ、菓子が少しずつ日常のものになっていった時代。岡埜製菓店は、この街道沿いに暖簾を掲げました。
以来百三十余年。手作りにこだわり、保存料を使わない。変わったのは時代だけで、菓子づくりの姿勢は創業の日から変わりません。
四季の移ろいを映す和菓子を、きょうもこの地からお届けしています。








